効率性、網羅性、再現性 - 特許調査手法ごとの違いと重視すべきポイント
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インターネットで「特許調査」と検索してみると、出願前調査、クリアランス調査など、様々な調査メニューが「〇〇調査」という名目で存在していることがわかります。
また企業知財部の内部においても、日々の業務の中に様々なタイプの特許調査が組み込まれていると思います。
それら「特許調査」の種類についてあらためて整理し、方向付けをしてみたいと思います。
目次[非表示]
特許調査の目的ごとの分類
特許調査は、まずその目的に応じて、以下の3つにまとめられます。
① 出願前調査 (先行技術調査、新規性調査、審査請求前調査)
特許出願をする前に、すでに似た内容の特許出願(先行技術)がないかを調査します。
その結果によって、特許出願する・しないの判断や、よりよい出願へと内容をブラッシュアップすることにもつながります。
また、出願した後に審査請求等をするかどうかを検討するために改めて行う審査請求前調査も、これに含めて考えます。
② 無効資料調査 (情報提供調査、異議資料調査)
他人の特許を無効化するための資料を探す特許調査で、他人の出願よりも前に似た内容の特許出願(先行技術)がないかを調査します。
また、出願審査中や登録後の異議申立期間中の無効資料探しもこれに含まれます。
③ 侵害予防調査 (クリアランス調査、FTO調査、権利侵害調査、抵触性調査)
自社の製品が他人の特許を侵害することを防止するため、他人が似たような内容の技術の特許を取得していないか調査します。
自社製品に使用している技術と近い内容の特許の存在が判明した場合には、製品の製造販売をそのまま続けるか、問題の特許の権利範囲を避ける形で仕様を変更するか、あるいはその特許の無効化を目指すか、等の判断が必要になります。
また古い技術の場合、すでに特許の有効期間が過ぎていて自由に使える技術となっている可能性もあるため、そのことを証明できるような公知例を探す調査も含まれます。
上記の通り、同じ種類にまとめられる調査の中にも、かなり多様な特許調査の呼び名があることがわかります。
これら以外にも技術動向調査など、3つの分類にまたがるような複合的な調査もあります。
調査種別による検索範囲の違い
特許調査では、特許分類(IPCやFI等)による検索とキーワード検索とを、目的に応じて使い分けながら、特許群を絞り込んでいきます。
このキーワード検索について、先ほど取り上げた調査種別によってどこまでの範囲を検索対象とするかが異なってきます。
具体的には、検索対象を請求項(クレーム)のみとするか、全文検索するかという違いです。
その違いは、特許分類も検索に使用すべきか、またその使い方はどうすべきか、といった点にも関係します。
検索範囲:全文
該当:①出願前調査、②無効資料調査
これらの調査種別では、請求項だけでなく実施例も含めた特許明細書の全体を見て調査することになります。
①出願前調査は、これから特許出願しようとする発明と似ている技術、つまり新規性・進歩性を否定するような技術が「すでに公開されているかどうか」を調べます。それが請求項に記載され、権利化されているかどうかは関係ありません。
②無効資料調査も同様に、無効化したい特許が出願された時点よりも前に、その新規性・進歩性を否定するような先行技術文献が存在していなかったかを調べます。
このような全文調査では、細かな特許分類で絞り込んでいくだけでなく、キーワードのみ使用する、あるいはより上位の分類のみを使用するというアプローチも試してみる価値があります。
なぜなら、特許分類とは請求項の内容に依存して付与されるもので、明細書全体を見るとその文献に付与された分類とは別の技術分野の記載も存在しうるからです。
こうしたものを拾うには、より上位の特許分類を使って検索範囲を広げるか、キーワードのみによる絞り込みで調査対象技術と関係のない特許分類しか付いていない文献を範囲に含める、ということが考えられます。
検索範囲:請求項
該当:③侵害予防調査
他社特許を侵害することを予防する目的の場合、見るべき箇所は特許請求項に記載された権利範囲になります。
前述の通り、特許分類は請求項の内容にしたがって付与されているため、これを活用して調査範囲を絞り込んでいくことが③侵害予防調査の効率化に繋がります。
調査種別によるリスク観点からみた手法の違い
調査の目的によって、どのようなリスクに対処する必要があり、どのような手法を取るべきかが異なります。
調査スピードと効率化が要請される (効率性重視)
該当:①出願前調査
①出願前調査は、出願前の段階で、全文を対象として、その発明が公知かどうかを判定するための材料を見つける調査です。
その発明に関連する先願を含む先行技術を全て漏れなく拾い上げる必要はなく、再現性のある調査は基本的に要求されません。
下位の、より特定技術にフォーカスした特許分類に、調査対象技術と合致するものが存在した場合、その分類を使っての調査は効率的なものとなります。
特に、FIやFタームはIPCよりも更に下位の細分化された分類となっているので、使用することで効率性が向上することが多いです。
また、特許分類を使わずキーワードのみで調査した方が、広い分野から必要な文献を拾えることもあります。
以上のような考えから、基本的な流れとして、複数の検索式を作ってみて、いろいろな方向(発明の構成、課題、効果など)からアプローチする複数の検索式で、ターゲットとなる文献により近いもの(同じような技術は複数不要)を見つけていくことになります。
釣りで例えると、ルアー釣りで、いろいろなポイントを探ってみて、釣れなければ、他のポイントに移動して改めて狙うということを繰り返し、見つけたい文献(釣りあげたい魚)が多く見つかるポイントが存在した場合には、そのポイントを重点的に探っていく。
つまり、ある検索式で抽出した母集団にターゲットとなる技術が無い(釣りで言えば当たりが無い)場合には、そこにはこだわらず次のアプローチを実行します。
左のブルーエリア(ある検索式で抽出した母集団)にルアーを何度投げても、シマアジはなかなかヒットしないでしょう。
そこで右のレッドエリアに移動してからルアーを投げると、シマアジがヒットする可能性が高まります。
類似文献を可能な限り見つけることが要請される (網羅性重視)
該当:②無効資料調査、③侵害予防調査
効率性が重視される①出願前調査に比べ、②無効資料調査や③侵害予防調査では、(予算・時間の許す範囲で)より抜け漏れのない調査であることが重要となります。
まず②無効資料調査について見ていきます。
登録となった特許は、登録国の審査過程で、その出願の新規性・進歩性についての調査をすでに行っています。
審査で引用された文献を審査経過から確認し、これよりさらに無効化したい特許に近い内容の文献の抽出が必要です。
調査ターゲットとなる特許分類は基本的に審査官が調査済みと考えられるため、他の類似分野に使われる特許分類も考慮する必要があります。
特に無効化ができなければ自社事業に直接影響を及ぼす可能性がある場合には、出願前調査の場合と比べて時間(費用)をかけてでも厳密に行う必要性が高い重要な調査となります。
先ほどの図でいえば、レッドエリアだけでなく、ブルーエリアも調査する必要があります。
実際に、H01L(半導体の分類)のグループに当然に入っているはずの重要文献に、H05K(印刷回路の分類)が付与されていた、というようなケースがあります。
この場合、最も調査対象が含まれていそうなレッドエリア(H01L)だけを調べていても当の文献は発見できません。もしかしたら、近縁のブルーエリア(H05K)にも重要な文献が紛れ込んでいる可能性があるということです。
このように範囲を広げて調査を行っても、無効化対象と完全一致する資料が見つからないこともあります。(もし見つかれば、その時点で無効資料をこれ以上探す必要はなくなります。)
そこで、構成ごとに一致する記述のある資料を組み合わせての無効主張を行います。
そのため類似する文献をできる限り多くピックアップし、少しでも無効主張の成功可能性を高めていくことになります。
また、無効主張の過程では「周知技術である」との主張も行うことがあり、その引用文献としても使えます。
続いて③侵害予防調査についてですが、こちらもまた異なる理由から、一定の網羅性が求められます。
前述の通り、IPC等の特許分類は基本的に、請求項の内容にしたがって付与されています。しかしこれは、「特許分類が権利範囲を決める」ということを必ずしも意味しません。
特許分類は、特許庁審査官(FIやFタームは特許庁から委託を受けた外部機関)が、審査に必要な先行技術調査をしやすくするために付与するものです。その評価が常に正確であるという保証はないですし、まして訴訟になったときに裁判所がそれを権利範囲の判断に利用するわけでもありません。
したがって、対象となる技術に関連する特許分類はピンポイントに当てはまるものに限らず、できるだけ広めに選択して検索することが望ましいと言えます。
また、単に侵害を回避するだけなら特許の最長権利期間である直近20年以内の権利が有効な特許や審査中の出願だけを調べれば足りますが、自由技術として利用できる範囲を知るために、より古い出願まで調査する場合もあります。
後日の再調査が可能であることが要請される (再現性)
該当:②無効資料調査、③侵害予防調査
比較的大規模に行う特許調査では、一度実施した調査からさらに範囲を広げて再調査を求められる場合があります。
このとき、もとの調査で絞り込むためにキーワードを多段的に使用しすぎてしまうと、すでに調査が済んでいる範囲と未調査のものを切り分けることが難しくなり、再調査の効率が悪くなってしまいます。
特許分類についても同様のことが言えます。再調査が必要になることが予期されるような場合は、最初の調査の段階でより上位の分類を使用して広く調べておくほうが、結果的にトータルでは効率的になる場合があります。
まとめ
特許調査の種類ごとの調査手法の違いについて、それぞれの目的やリスクの観点からどのような違いがあるか、またどの要素が重視されるかを解説しました。
調査手法のより詳しい内容など、ご質問等ございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。