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米国特許訴訟で、原告が加入できる保険とは?

Photo by Cytonn Photography  on Unsplash


目次[非表示]

  1. 1.米国特許訴訟のコスト
    1. 1.1.巨額のコスト、巨額の損害賠償
    2. 1.2.Efficient Infringementの問題
    3. 1.3.訴訟ファイナンスの発達
  2. 2.特許訴訟の「保険」:防御と攻撃
    1. 2.1.防御用の保険
    2. 2.2.攻撃用の保険
    3. 2.3.Judgment Preservation Insuranceの仕組みと特徴
    4. 2.4.NPEを活用した保険審査体制
    5. 2.5.保険適用の条件
    6. 2.6.保険金の早期現金化
  3. 3.まとめ
  4. 4.参考資料


米国特許訴訟のコスト

米国における特許訴訟には莫大な費用がかかることは、皆様ご存知の通りです。

AIPLAのレポートによれば、訴額100万ドル~1000万ドルの特許侵害訴訟におけるコストの中央値は150万ドル、訴額が2500万ドル以上の場合のコスト中央値は400万ドルとされています。

これほどまでに訴訟費用が高額になる原因は、まず米国の弁護士費用が高いこと、そして米国独自の証拠開示手続きであるディスカバリー(ここにも多額の弁護士費用が発生します)によるところが大きいでしょう。


巨額のコスト、巨額の損害賠償

一方で、米国の特許訴訟では有名な3倍賠償(懲罰的損害賠償)もあり、他国に比べて遥かに大きな損害賠償請求が認められる傾向にあります。数千万ドル~数億ドル規模の判決が出されることも珍しくなく、2022年現在の最高額は25.4億ドル(Idenix vs Gilead Sciences Inc, 2016)となっています。

これだけ大きな損害賠償が得られることは積極的に訴訟を進めるべき理由ともなりますが、同時に訴訟が大掛かりになればなるほど弁護士費用等のコストも増大するため、企業は資金面でどこまで追求できるかの判断を迫られます。

企業にとって特許訴訟がいかに負担の大きいものであるかは、和解率の高さにも表れています。米国では、提起された特許訴訟の95%以上がtrial(陪審)に入る前の段階までに和解しています。

もっとも、米国では特許訴訟全体の半分以上をNPEによる訴訟が占めることも和解率の高さの理由の1つと考えられますが、競合企業間の訴訟でも同様にほとんどが和解で終わっているようです。


Efficient Infringementの問題

さらに一部の大企業では、他社(特に中小企業)の特許を意図的に踏み倒すことが横行しているとも言われています。特許を回避したりライセンス料を支払ったりするよりも侵害してしまったほうが安上がりだと考えて行うものであり、”Efficient Infringement(効率的侵害)”と呼ばれています。

こうした大企業を訴えたとしても、ここ数年の米国では特許が最終的に無効になる割合がかなり高く、また仮に有効であるとしても中小企業は資金的な問題から特許訴訟を最後まで続けることが難しいことを大企業は熟知しています。そのため大企業は、様々な手段を用いて体力勝負に持ち込むことで有利に進めることができてしまいます。

結果として、明らかに特許を侵害されたにもかかわらず不利な条件で諦めざるを得ない、という事態が起きているのです。


訴訟ファイナンスの発達

こうした費用負担の増大と資金ニーズに対応するため、米国では訴訟ファイナンス(Litigation Finance, Legal Financing)や訴訟ファンディング(Litigation Funding)と呼ばれる、投資や融資などによって訴訟資金提供・調達支援を行うサービスが発達してきました。

この業界は2020年に113億ドルの収益を上げ、2026年には205億ドルの市場規模になると予想されるなど、著しい成長を続けています。

本記事では、時間的・金銭的負担の大きさから米国で特許訴訟を提起することを躊躇してきた日本企業の方々にとって、有益と思われる情報を共有させていただきます。


特許訴訟の「保険」:防御と攻撃

訴訟ファイナンスにも様々な形態がありますが、今回はその中でも保険の形を取るサービスをご紹介します。


防御用の保険

一般的に特許保険というと想像しやすいのは、他社に特許侵害で訴えられた場合に備えて加入するタイプの保険でしょうか。イメージとしてはPL保険(生産物賠償責任保険)に近いものがあります。

自社の特定製品についてこの保険に加入し補償額の数%を毎年支払うことで、特許訴訟を受けた場合に一定額の訴訟費用を補償してくれるというものです。

実際に加入した実績のある日本企業によると、コストパフォーマンスの観点から厳密な特許調査が難しいような製品について、ある程度の訴訟リスクも計算に入れて保険加入するケースがあるとのことでした。

これに関連して、非侵害保証・特許補償(Contractual Indemnity)を対象とする保険もあります。顧客との契約で自社製品について非侵害保証をしている場合に、その顧客が第三者から特許訴訟を提起されたケースで保険適用されるものです。


攻撃用の保険

一方で、自ら特許訴訟を提起する場合に適用される保険も存在します。

従来一般的な形態としては、特許権を侵害する他社に対して訴訟を提起する場合に、一定額を補償するものがありました。

これに対して近年、”Judgment Preservation Insurance”と呼ばれる新しいタイプの保険が登場し、注目を集めつつあります。


Judgment Preservation Insuranceの仕組みと特徴

Judgment Preservation Insuranceは、特許訴訟を提起した結果、損害賠償請求が第一審(地裁)で認められた場合に、その判決を根拠として一定額を保証してもらうものです。

訴訟が起こるよりも前に加入する他の特許関連保険と異なり、この保険に加入するタイミングは一審判決が出た後ということになります。


この保険の仕組みを簡単な例で説明しましょう。

まず、5億ドルの損害賠償を認める一審判決が出て、被告が控訴したとします。

このとき、保険会社は半分の2.5億ドルを支払限度額とする保険を設定します(保険金が巨額になるため、いくつかの保険会社がシンジケートのような形で合同し、各社それぞれの割合で分担することが多いようです。こうすることで、ある会社では最大10億ドルまで保証できると謳っています)。

原告はこの保険に、限度額の10%である2500万ドルを費用として支払うことで加入します。

その後、控訴審以降で逆転敗訴となり、最終的に損害賠償が認められないことが確定したとします。ここで保険会社から原告に対して2.5億ドルの保険金が支払われるのです。同様に損害賠償額が減らされて支払限度額未満まで下がってしまったという場合には、認容額と限度額との差額が補填されます。

例に挙げた支払限度額については、保険会社が審査を行い、訴訟結果の予測に基づいて設定されます。勝訴できる可能性が高いと判定されればより大きな枠を得ることができますし、請求の全部または一部が控訴審以降も認められるかどうか不透明であると判断されると金額も少なくなります。


NPEを活用した保険審査体制

なぜこのような保険が成立するかというと、保険会社(特許訴訟ファイナンスを手掛ける企業)の多くは関連企業にNPE(特許不実施主体)を持っていることが背景にあるようです。

NPEのよくあるビジネスモデルは、投資家から集めた資金を使って特許を買い集め、これを色々な企業に対して行使することで損害賠償金やライセンス料を得て、運用益を出して投資家に還元する、というものです。

この流れの中でNPEは、1件の特許でどれだけの収益を挙げられるか、特許訴訟で勝訴できる可能性はどの程度あるか、といった特許価値評価を、製品分析や市場調査などの機関とも連携して行っています。

このNPEの特許評価能力を利用することで、より高い精度で特許訴訟の結果を予測することができ、保険商品にも反映させることができている、というわけです。


保険適用の条件

注意点として、Judgment Preservation Insuranceには“judgments only”の条件があることが一般的です。これは、保険の適用を受けるためには上訴手段を使い切るまで訴訟を遂行しなければならないというもので、途中で和解した場合には、その内容にかかわらず適用を受けられなくなります。

一方で、この保険の限度額を和解交渉の土台として、この金額を上回る条件の和解のみ受け入れるという戦術を取ることは十分あり得ることと思われます。仮に交渉決裂したとしても訴訟を遂行する限り保険は有効であり、またより良い条件で和解して早期解決できるのであれば、やはりそれに越したことはないといえるでしょう。


保険金の早期現金化

Judgment Preservation Insuranceによってできることは、損害賠償の一定額の保証だけにとどまりません。

この保険証券を担保にしたノンリコースローン(担保対象資産の収益性のみを返済原資とする融資)のサービスも提供されています。

つまり、まだ訴訟の途中段階でも、保険金を前借りするような形で現金化することができるのです。これは特に、訴訟を続けるための資金を用意することが困難な中小企業にとっては大きなプラスとなるでしょう。

ただし、当然ながら訴訟が長期化するほど利息は膨れあがっていきますので、その点も考慮する必要があります。

この借入金(元本・利息)は訴訟終結時に返済することになります。保険の支払限度額を上回る損害賠償金を得られた場合にはそこから返済します。損害賠償が認められなかった、もしくは保証額を下回った場合には、受け取る保険金から返済されます。


まとめ

費用に「保険料」という項目が増えるというデメリットはあるものの、それをふまえても特許訴訟保険には様々なメリットがあります。

最後に、特許保険を提供している会社の例を挙げておきます。


Burford Capital

https://www.burfordcapital.com/


AON

https://www.aon.com/m-and-a-transaction/intellectual-property.jsp


IPISC

https://ipisc.com/


本記事が、米国特許訴訟に関心ある日本企業の皆様の助けとなれば幸いです。

訴訟ファイナンスについてのご紹介も可能です。より詳しくはお問い合わせください。


本記事はマイスター・グループ参加企業であるMeister Tech Alliances 松本祥治 氏の監修を受けております。



参考資料


Litigation Risk Insurance Solutions

https://www.aon.com/m-and-a-transaction/transactionsolutions/litigationsolutions.jsp


Judgment Preservation Insurance - Protecting and Monetizing Court Judgments and Arbitration Awards

https://www.aon.com/getmedia/bd8aa935-d0ae-48c7-b00a-0cd46227d82c/Aon-s-Judgment-Preservation-Insurance-Solution-Feb-2022.pdf.aspx

ロジック・マイスター 編集部

ロジック・マイスター 編集部

ロジック・マイスター編集メンバーが、特許・知的財産に関わる皆様のために様々な切り口からお役立ち情報を紹介します!

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