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中間処理はメンテナンスの良い機会 ― 特許価値向上のために

Photo by Fleur on Unsplash


ロジック・マイスター代表の松本です。

本記事では、私が過去に在籍した企業知財部での経験から、皆様のご参考になりそうなことを紹介していきます。

昨今、様々な企業において事業のシフトや再編が進んでいます。そのことで不要となった特許をどのように取り扱うかが問題となったり、あるいは自社知財を積極的に「稼ぐ」ために活用することが知財部門の業務として求められるようになってきたと感じられます。

ところで、自社知財の価値を高めていくためには日頃から見直しを行うことが欠かせません。

今回は特許に着目し、そのメンテナンスを定期的に実施するための1つの方法として、中間処理のタイミングを活用することをご提案したいと思います。


目次[非表示]

  1. 1.なぜ中間処理が良いタイミングか
    1. 1.1.決まったタイミングで発明者と詳しく話し合える
    2. 1.2.発明者に聞いておきたいこと
  2. 2.発明者にヒアリングするメリット
    1. 2.1.カウンター特許に困らない
    2. 2.2.不要な特許を手放す判断に困らない
    3. 2.3.特許のマネタイジングに困らない
  3. 3.おわりに


なぜ中間処理が良いタイミングか

最初に、「中間処理」とは何かについて簡単に説明します。

※以下は基礎的な説明になるので、ご存知の方は読み飛ばして構いません

特許を出願して登録されるためには、特許庁の審査を受けて「登録できる」という査定をもらわなければなりません。

そして特許庁の審査の結果、新規性・進歩性がない等の理由で拒絶されることがあります。というより、一度も拒絶されることなく特許登録査定をもらえること(いわゆる一発登録)はそれほど多くなく、審査官から拒絶理由通知、すなわち特許査定を出せないと判断した理由が書かれた書面を受け取ることになります。

そのままでは拒絶が確定し、特許を取れなくなってしまいますので、対応策として出願内容を補正したり、意見書を提出して審査結果に反論したり、といったことをするわけです。これが「中間処理」と呼ばれる作業になります。

決まったタイミングで発明者と詳しく話し合える

それでなぜ中間処理の時点が出願自体の見直しに都合が良いかというと、出願し審査を受けている発明の内容について、決まったタイミングで発明者と詳しく話し合うことのできる絶好の機会だからです。

出願してから特許庁で審査が進むのには、最低でも数ヶ月、長くて数年がかかります。その間には当然自社だけでなくライバル企業の技術開発も進み、あるいは人々のライフスタイルや需要ががらりと変わってしまう(例えば、新型コロナウィルスの世界的流行とそれに伴う世の中の変化のような)ことも起こり得ます。

すると出願した当時とは状況が変わってきますし、取るべき特許の姿も、当初の想定とは全く違ったものになっている可能性があります。

そこで中間処理の機会を利用して、審査官の拒絶理由への対応だけにとどまらず、発明者の知識を借りて技術やニーズの変化に対応した特許へと補正していくのはどうか、というのが今回の提案です。

もちろん、常日頃から知財部門と開発部門との間で密なやり取りが行われていることが望ましいのですが、そうはいってもお互いに忙しくてなかなか時間が取れない、ということもあるかと思います。実際かつての私の職場では、中間処理のタイミングが発明者と詳しく話し合える実質的に唯一の機会でした。

発明者に聞いておきたいこと

中間処理で発明者と協議するとき、明細書・引例・発明提案書・付随する資料等から、主張可能である課題・構成・効果を1つ2つ準備する、というようなことは通常行われている業務だと思います。

ここで、発明者を交えてさらに情報収集したいポイントは以下の3つです。

① その技術の現時点での自社評価

② 競合他社の同等品との比較

③ 将来の製品開発・技術利用のイメージ

①では、出願した時点の各構成が現状の自社製品でも使われているかどうかを確認します。出願時点では必須であった構成でも、素材の進歩などから不要になっていたり、部品点数が減少していたりすることがあり、自社製品の保護に必要な特許かどうかの判断材料となります。

②は、開発部門が同業他社の製品について、リバースエンジニアリングなどの技術的な研究・分析を行っていれば、その結果をヒアリングします。他社の実施状況も補正の方向性を決める重要な要素となりますし、対象他社製品の名称・品番や売上規模などのデータも同時に記録しておくことで、特許がどれくらいのインパクトを持つかをより正確に評価することにも繋がります。

さらに現状の明細書の話にこだわらず、③その技術を用いた製品の将来的なイメージについても積極的に話を聞き、資料があれば収集しておきます。今ある製品ラインナップだけでなく今後展開する自社製品をこの特許で保護できるかどうかなども考慮に入れることができるようになります。

特に②や③は、開発部門の協力を得て知識を得ることができなければ難しかったことを思い出します。

しかし私自身の経験でいうと、当時の会社では「特許は自社技術の保護のために取るものだ」という認識が支配的でした。そして出願担当者は「登録にすること」を目標として行動していました。

そのため、①を業務として行うことについては人事制度上の評価がありましたが、②や③については人事評価の対象にならず、市場競争上脅威となる他社製品が出てきてから調査するなど対応が後手に回ってしまうことが多く、簡単ではありませんでした。


発明者にヒアリングするメリット

前述の3つの情報を発明者から得ることによって得られるメリットは主に3つあります。

カウンター特許に困らない

まず1つは、他社に対するカウンター特許に困らなくなります。

当時半導体メーカーに在籍していたこともあり、国内外の競合他社から特許侵害の警告状が届くことは日常茶飯事でした。しかし自社製品保護のための特許しか持っていない状況では、対抗訴訟やクロスライセンス交渉を有利に進めるためにどの特許が使えるのかの判断に時間がかかり、苦しい立場に追い込まれてしまうことがありました。

そこで発明者から得た情報をもとに、中間処理の時点であらかじめ他社への権利行使を念頭に置いたクレームの補正や分割出願を行うようにしたことで、こうした状況にもスムーズに対応することができるようになりました。

もちろん市場競争で先行する他社がいる場合には、この特許が牽制の切り札にもなることは言うまでもありません。

不要な特許を手放す判断に困らない

2つ目は、不要な特許を手放す判断がしやすくなることです。

自社事業がある領域から別の領域にシフトしていくと、これから伸ばしたい事業領域の特許が足りない一方で、過去の自社事業に関連する特許は手元に残っているという状況が生まれます。

使いみちのない特許のために高額な年金を支払うなどの無駄を極力なくし、その分の予算は新規事業のための出願や他社特許の購入などに回したいところです。

そこで、どの特許が自社事業保護のために必要か、他社に売却できるだけの価値があるか、それとも完全に不要で放棄すべき特許か、といった判断を迫られることになります。

その判断に必要な、特許技術を自社製品や他社製品で使用しているか、売上規模はどの程度かといった情報は、あとになって調べ直すよりも中間処理の時点で都度まとめておいたほうが楽でしょう。

特許のマネタイジングに困らない

そして3つ目に、特許のマネタイジング(収益化)にも役立ちます。

特許ポートフォリオの売却や運用を考える際には、他社の実施状況や市場への影響力などが値決めに大きく影響します。実際、ロジック・マイスターが提携している米国の特許運用会社では、特許がどれだけの市場規模をカバーしていて、訴訟になった場合にどれだけの賠償金(あるいは和解金)が得られそうか、といった点を入念にチェックし、運用に値するかどうかを判断しているそうです。

一方近年では、AI等を活用して特許価値を評価し、特許ごとに点数化・ランク付けをすることも流行してきています。しかし、あくまでも「特許的」なデータ(ファミリー出願件数、引用・被引用の回数、無効審判請求の回数、権利維持期間、等々)だけで判断しているものが多いのが現状です。

特許評価を手軽にひと目で分かる形で算出でき、競合他社がどの程度「強い」(請求範囲が広い、あるいは注目度が高い、など)特許を取っているか等を把握できる点ではこうしたツールは使い勝手が良いです。ただ結局のところ、特許の金銭的な価値を決める際には「その特許技術が実際にどれほどの製品に利用されていて、その製品がどれだけ売れているのか?」という要素も重要になる、ということには同意していただけるかと思います。

一方、他社調査や市場調査には手間がかかるため、例えば大量の特許を数ヶ月以内に売却しなければならないようなときに、イチからやっていたのではとても時間が足りないでしょう。

ここでも、中間処理のタイミングで特許実施状況や市場規模の情報を揃えておけば(もちろんこれらの情報は特許の更新時などに定期的に見直されることが前提です)、自社が保有する特許がどれくらいの金銭的価値を持つかをより正確に把握できるようになります。そして特許売却やライセンスを検討する場面で役立つだけでなく、今後の出願や維持の優先順位もスムーズに判断ができるようになると思います。

ちなみに米国には特許実施製品の市場調査分析を専門に行う企業も存在していて、特許運用会社でも値決めの際に分析結果を参照しているそうです。国によってはこうした業務を外部委託する選択肢もある、ということも知っておくと役立つでしょう。


おわりに

最後に、本論とは話がずれますが、中間処理のタイミングでは侵害立証が容易なクレームの表現になっているかどうかの確認も重要です。実際に提訴となると「立証」という大きな壁があり、間接侵害でしか主張できないといった事態に陥らないよう注意が必要です。

特に外国語での表現の場合、意図するような表現とはニュアンスが違ってしまうことが起こり得ます。それを防ぐため、中間処理でも外国弁護士をもっと積極的に巻き込んで、力を借りるべきだったというのが当時を振り返って思うことです。

皆様にとって中間処理業務がより有意義なものになることを祈っております。


ロジック・マイスターでは、マイスターグループとして国内外の弁理士・特許弁護士と提携しています。

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ロジック・マイスター 編集部

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