【米国】Alice判決から5年、米国特許法101条の無効率が低下中?
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米国RPX Corporationより2019年10月に、米国特許法101条に関連する最近の裁判所の傾向についての分析が公開されました。
Q3 in Review: Litigation Ticks Upward as Alice Downturn Continues
特にソフトウェア特許を出願・保有している企業、あるいはその権利行使を受ける可能性のある企業にとっては関心の高い情報と思われるため、以下にご紹介します。
※RPXとは
https://www.rpxcorp.com/about/
2008年に設立された特許リスクソリューション提供企業。会員企業にとって問題のある特許をRPXが取得することにより、特許権の主張を受ける潜在的リスクを軽減・管理している。(公式サイトより抜粋)
目次
1. もはや101条では無効にならない?
2. 米国特許法101条と特許適格性
3. 特許適格性判断の厳格化:Alice判決
4. 状況の変化:Berkheimer判決とAatrix判決
5. Berkheimer / Aatrix判決後の傾向
1. もはや101条では無効にならない?
2014年の連邦最高裁判決(いわゆるAlice判決)以後、101条の判断は特にソフトウェア関連特許に対して「適格性なし(ineligible)」とされる傾向が強くなり、以降の訴訟では数多くの特許が無効化されてきました。
またUSPTOでも数回にわたって審査ガイダンスを発行し、Alice判決後の判例の流れにあわせて審査基準を再構築している状況です。
一方で、特許適格性について厳しく判断されるということは、特許訴訟(その中にはパテント・トロールによる訴訟攻撃も含まれます)を仕掛けられた側にとっては、101条は身を守るための有力な武器であったことを意味しています。
しかし近年、より具体的には2018年以降についてみると、この「武器」の信頼性が弱まってきているのではないか?ということが、データによって示されています。
RPXによれば、2018年2月から2019年10月の期間で、Alice基準に基づいて特許適格性が問われた地裁判決のうち、特許適格性がないことを理由に無効とされた割合は44%でした。
それ以前の期間における同様の特許訴訟における無効率は68%だったため、20ポイント以上の大幅な下落となったということです。
オレンジ:特許適格性あり 青:特許適格性なし
※画像はRPXの該当記事より引用
https://www.rpxcorp.com/intelligence/blog/q3-in-review-litigation-ticks-upward-as-alice-downturn-continues/
この変化は一体、何が原因で起こっているのでしょうか。
このことには、2018年2月に出された2つのCAFC(連邦巡回区控訴裁判所)判決が大きな影響を与えていると見られています。
まずは簡単に、そもそも101条にある特許適格性とはどのようなものかについて触れてから、Alice判決、そして2018年の2つの判決 – Berkheimer判決とAatrix判決 – について見ていくことにします。
2. 米国特許法101条と特許適格性
ソフトウェア関連発明の分野では、いわゆる「特許適格性(patent eligibility)」の問題が繰り返し大きな争点となってきました。
米国特許法101条は、ある発明が特許を受けることができるための要件として「特許発明の対象(subject matter)」を定めています。
米国特許法第101条 特許を受けることができる発明 (訳:日本特許庁)
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-tokkyo.pdf
新規かつ有用な方法,機械,製造物若しくは組成物又はそれについての新規かつ有用な改良を発明又は発見した者は,本法の定める条件及び要件に従って,それについての特許を取得することができる。
101条は特許の対象について、「方法、機械、製造物若しくは組成物」を対象とするものと規定しています。
また、なにが特許の対象となるかについては判例の蓄積もあります。判例において、101条の保護対象には含まれないとされてきたカテゴリがあり、ひとまとめにして「判例上の例外」(judicial exception)と呼ばれています。
この中には「自然法則(laws of nature)」、「自然現象(natural phenomena)」、そしてソフトウェア関連発明で特に問題となる「抽象的アイデア(abstract idea)」が含まれます。
ちなみに日本では、特許法第2条3項に「プログラム等」も特許対象となることが明示されていますが、米国ではそのような明文の規定はありません。
判例でも、アルゴリズムそのものは特許にならない(Benson判決、1972年)とされた一方で、Webページ生成方法(DDR判決、2014年)、3Dアニメーション方法(McRO判決、2016年)といったソフトウェア関連特許がこれまでに適格性ありと認められています。
米国では、あくまで判例およびそれと整合するように構築されたUSPTOの審査基準にしたがって、出願時の審査や無効審判、また訴訟等の場面において、特許適格性があるのかどうかが判断されています。
3. 特許適格性判断の厳格化:Alice判決
ソフトウェア関連発明の特許適格性の有無について裁判所の判断は時代によって異なり、特に1980年代から1990年代にかけて積極的に適格性を認める判決が出されたことで、数多くのソフトウェア特許やビジネス方法特許が米国で生み出され、一大ブームとなっていました。
その判例が特許適格性を否定する方向に大きく舵を切ったと言われているのが、以下で紹介するAlice Corp. v. CLS Bank International事件(いわゆる「Alice判決」)です。
米国最高裁は2014年6月、Alice判決において、特許適格性の有無を判断するための2ステップの枠組みを示しました。
※Alice判決以後のUSPTO審査ガイダンス等では、それぞれステップ2A・2Bと改められているのでご注意ください。本稿では審査基準の説明は割愛します
ステップ1:
争点となっているクレームが、特許適格性のない概念(抽象的アイデアなど判例上の例外)のいずれかを対象としている(directed to)か
→対象としていない場合、そのクレームは特許適格性を有する
対象としている場合、ステップ2に進む
ステップ2:
クレームに「発明概念(inventive concept)」があるか、すなわち判例上の例外そのものを「遥かに超える(significantly more)」要素があるか
→発明概念があれば、そのクレームは特許適格性を有する性質に変わる
Alice判決は結論として、「汎用コンピュータで抽象的アイデアを一般的に実施する」ことを単に記述するだけのクレームは特許適格性なし、との判断を下しています。
最高裁がAlice判決を出して以後、それを受けたCAFCは、次々と特許適格性を否定する判決を出していきました。当時、「米国でソフトウェア特許を取ることはもう諦めたほうがいい」…などと噂されるほど、Alice判決は大きな影響を与えました。
4. 状況の変化:Berkheimer判決とAatrix判決
Alice判決の激震から数年が経ち、状況にも変化が現れてきたとRPXは指摘しています。
転機となったのは、2018年2月にCAFCで審理されたBerkheimer v. HP事件(Berkheimer判決)とAatrix v. Green Shade Software事件(Aatrix判決)です。
各事件の概要を以下に示します。
① Berkheimer判決
Berkheimer事件では、特許適格性がないことを理由に「サマリージャッジメント」を行ってよいかどうかが争点となりました。
サマリージャッジメントとは、ディスカバリー終了から30日以内に一方当事者の申立てに基づき裁判所が(陪審を経ずに)下す判決を言います。
サマリージャッジメントを申し立てることの利点は、特許侵害で訴えられた当事者がより早いタイミングで、その特許自体の有効性を争うことができる点にあります。
連邦民事訴訟規則56条によれば、「重要な事実問題」に関して真正な論争がなく、申立人が法律問題として判決を受ける権利がある場合に、サマリージャッジメントを申し立てることが可能とされています。
Berkheimer判決でCAFCは、Alice判決基準のステップ2(inventive conceptの有無)の判断については、特許適格性の判断の対象となったクレームが「周知で、型通りな、当業者にとってありきたりなもの」であるか否かの判断を通して行われるものとしました。
そして、これを判断することは「重要な事実問題」にあたるので、サマリージャッジメントで判断するのは不適切だとして取り消した上、本件を連邦地裁へと差し戻しました。
② Aatrix判決
一方のAatrix事件では被告が、訴えを却下するように連邦民事訴訟規則12条(b)(6)にしたがって申し立てていました。
規則12条(b)(6)には、訴状を受け取った被告が、その(訴状の)請求内容の記載が不十分であることを理由に訴えを却下するよう申立てができる、というルールが規定されています。
これはサマリージャッジメントよりもさらに早く、訴えが提起されてすぐの段階で特許適格性がないことを争い、訴え却下に持ち込むことができる手段です。101条関連訴訟では、サマリージャッジメントとこの規則12条(b)(6)の2つが被告にとっての有力な手段として、頻繁に利用されているようです。
Aatrix事件の原告は、規則12条(b)(6)の段階で訴えが却下されることを阻止するため、修正訴状の提出の許可を求めましたが、地裁が提出を拒否したためCAFCに控訴しました。
CAFCは、適格性の問題を法律問題として解決することを妨げるような事実の主張が存在しない(つまり、適格性の有無が法律問題であるといえる)場合にのみ、規則12条(b)(6)の段階で特許適格性を判定することができる、と述べました。
そして、修正訴状が規則12条(b)(6)の下での訴え却下を阻止しうる事実の主張を含むため、当該訴え却下と修正訴状の提出拒否は誤りであったと判示しました。
5. Berkheimer / Aatrix判決後の傾向
本記事の冒頭でも紹介したとおり、BerkheimerとAatrixの2件の判決が出てからおよそ1年半の間に、Alice基準に基づいて特許適格性が問われた地裁判決の無効率が大幅に下がっています。
さらに上記のうち、サマリージャッジメントの請求、もしくは規則12条(b)(6)に基づく訴え却下の申立てがなされた事件に限ってみても、同じ期間でそれぞれ無効率が20%以上も下がっていることがわかりました。
※画像はRPXの該当記事より引用
https://www.rpxcorp.com/intelligence/blog/q3-in-review-litigation-ticks-upward-as-alice-downturn-continues/
Berkheimer判決に対しては最高裁への上告がなされており、2019年10月時点では最終的な判断は出ていないようです。そのため今後の展開には引き続き注視する必要がありますが、これまでの傾向として、地裁やCAFCでは特許適格性ありと判断されやすくなってきたということが言えるでしょう。
なお、米国議会では上院議員たちの間で、101条を取り巻く状況が複雑化し混沌としてきているという問題意識が持たれ、立法でこれを解決しようという議論が続いているようです。
今後の101条の展開については裁判所、USPTOだけでなく議会の動向にも注意を払う必要があるかもしれません。
参考文献
「各国における近年の判例等を踏まえたコンピュータソフトウエア関連発明等の特許保護の現状に関する調査研究報告書」 一般社団法人 日本国際知的財産保護協会 AIPPI・JAPAN, 2017年
https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/zaisanken_kouhyou/h29_02.pdf
「コンピュータ・ソフトウエア関連およびビジネス分野等における 保護の在り方に関する調査研究報告書」 社団法人 日本国際知的財産保護協会 AIPPI・JAPAN, 2010年
https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/zaisanken_kouhyou/h21_report_01.pdf
「アリス イン パテントワールド─米国保護適格性の最近の動向─」 特技懇283号, 2016年
http://www.tokugikon.jp/gikonshi/283/283kiko4.pdf
「ALICE 対 CLS 事件における米国最高裁判所判決後の抽象的アイデアに基づく法定主題について」 パテント2015年4月号
https://system.jpaa.or.jp/patents_files_old/201504/jpaapatent201504_061-070.pdf
「特許適格性判断における Alice 第2ステップの要件基準は重要な事実問題であると判断した CAFC 判決の紹介」 日本弁理士会, 2018年
https://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2018/08/Berkheimer-v.-HP.pdf
「第3回:米国特許法の基本~事実問題及び法律問題~」 株式会社米国特許翻訳社,2017年
http://beikokupat.com/us-patent/number3/
「米国特許侵害訴訟における訴答」 知財管理 2017年11月号
https://www.finnegan.com/images/content/1/4/v2/146386/AS-Intellectual-Property-Management-Pleading-in-U.S.pdf
「AATRIX SOFTWARE, INC 対 GREEN SHADES SOFTWARE, INC 事件」 大塚国際特許事務所, 2018年
https://www.patest.co.jp/cafc/2018/cafc20180301.html
MPEP §2106 Patent Subject Matter Eligibility [R-08.2017]
https://www.uspto.gov/web/offices/pac/mpep/s2106.html
Federal Rules of Civil Procedure(連邦民事訴訟規則)
https://www.law.cornell.edu/rules/frcp
本記事は、特許業務法人 梶・須原特許事務所の北村邦人弁理士の監修を受け作成しました。