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貿易戦争と特許 ― アメリカVS日本、そして中国

世界の覇権を争うアメリカと中国が対立を深め、お互いの国からの輸入品に高額・広範囲な関税を課し合う、いわゆる「米中貿易戦争」が勃発しています。

この状況は、かつて高度経済成長期を経た日本企業が、産業の成長に伴ってアメリカ市場に進出し、繊維製品に電化製品、鉄鋼、自動車などを大量にアメリカに輸出したことで引き起こされた「日米貿易摩擦」が思い起こされます。

日米貿易摩擦は、アメリカが特許保護を強化するプロパテント政策へと舵を切るきっかけとなったという意味でも、重要な出来事でした。

そこで今回は、貿易摩擦が特許・知的財産政策にもたらす影響を、当時の事件もふまえながら紹介していきます。


※ なお、本記事は2018年11月9日(金)に東京にて開催された、パテントサロン様主催・知財系オフ会のライトニングトークで発表した内容に、加筆修正したものになります。当日の様子はこちらから。


目次


1. 米中貿易戦争

2. 日米貿易摩擦と「ヤング・レポート」

3. 2つの特許訴訟 ― アメリカ対日本

4. おわりに ― 米中貿易戦争のゆくえ


1. 米中貿易戦争

増え続ける貿易赤字

アメリカ国勢調査局が出した統計によれば、2017年のモノの貿易赤字額(輸入超過額)が全体で約7957億ドルとなりました。うち、対中国が約3756億ドルと最大となっています。

2位は対メキシコで709億ドル、3位は対日本で689億ドルの赤字とのことです。

参照:
Trade in Goods with World, Seasonally Adjusted
Trade in Goods with China​​​​​​​


いまやアメリカが抱える貿易赤字のうち半分は中国が占めるようになっているんですね。

ちなみに上記サイトで確認できる1989年当時の統計では、貿易赤字の合計額が1000億ドル強、うち日本がおよそ半分の約500億ドルで首位となっていたようです。


単位は百万ドル。アメリカ国勢調査局の統計をもとに作成


こうして見ると、おおよそ1998年ごろを境に、日本よりも中国のほうが大きなウェイトを占めるようになってきたことがわかります。

その後の20年間で対中国の貿易赤字額が1000億ドルを超えて凄まじい勢いで伸びている一方、対日本でも毎年数100億ドル規模の貿易赤字が続いていますね。


2018年までの米中の動き

そして、2018年に入ってからの米中貿易戦争の動向は以下のようになっています。


1月 アメリカ、太陽光パネル・洗濯機に対するセーフガード(緊急輸入制限)

3月 アメリカ、鉄鋼・アルミニウム製品に追加関税

         アメリカ、中国の知的財産侵害を理由に制裁関税を発表

4月 中国、果物等に報復関税

          アメリカ、ZTE(中興通訊)社製品の国内販売を禁止

7月 アメリカ・中国、追加関税措置

          アメリカ、ZTE販売禁止措置を解除

8月 アメリカ・中国、第2段追加関税発動

9月 アメリカ・中国、第3段追加関税発動

10月 世界同時株安 アメリカ・中国、7%程度の株価下落

11月 アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議開催も、米中対立により首脳宣言採択を初めて断念

           アルゼンチンにて開催のG20で米中首脳会談(予定)


これまでの追加関税の応酬によって、アメリカは中国からの総額2500億ドル相当の輸入品、中国はアメリカからの1000億ドル相当の輸入品を対象に、制裁関税を課している模様です。

このように本格的に事態が動き出したのは2018年ですが、それ以前からトランプ大統領はたびたび中国を挑発する言動を繰り返し、米国と中国の対立は深まっていました。


今回の高関税をめぐる「報復合戦」は急に始まったことではない。2016年の米大統領選挙中から、トランプ氏は中国との膨大な貿易不均衡を問題にしており、中国を「貿易で優位に立つため為替を操作している」と批判し、自分が大統領に当選すれば中国を為替操作国に認定すると公約していた(実際には認定しなかった)。……


2017年4月の首脳会談では、習近平国家主席が貿易不均衡について「米中包括経済対話メカニズム」を立ち上げることで合意するとともに米国の対中輸出を増やすための「100日行動計画」を策定することを約束した。……

ところが同年7月に行われた第1回の「包括経済対話」は決裂し、共同声明はもちろん、出席者の記者会見もできないまま終わった。

引用:「米中関係はすでに大きな転機を迎えている」東洋経済オンライン, 2018/04/12


2. 日米貿易摩擦と「ヤング・レポート」


さて、貿易戦争と聞いて思い起こされるのが、かつて日本とアメリカとの間で持ち上がった「日米貿易摩擦」ですね。

1980年代、先ほども見たとおりアメリカは日本に対して大幅な輸入超過となり、最も大きな貿易赤字相手国となっていました。

貿易摩擦自体は1960年代には顕在化していたと言われ、繊維製品から鉄鋼や電化製品、自動車、半導体など、広範囲にわたって日本からアメリカへの輸出拡大が続きました。

そこでアメリカ側では、貿易赤字を解消するためにさまざまな手段が講じられました。

過度な円安が貿易不均衡を招いているとして、円高ドル安にすることが望ましいとした1985年のプラザ合意(その後1年で1ドル235円から150円台まで円高が進行)。

また、不公正な貿易慣行があるとされた国を調査し、是正されない場合には関税引き上げなどの措置を取ることのできる、1988年制定の通称「スーパー301条」などが挙げられます。

一方で、貿易赤字の原因はアメリカの製造業が競争力を失ったことにあるとして、レーガン大統領政権下で1985年、産業力強化を提言する報告書「ヤング・レポート」が提出されました。

その提言には、研究開発税制の優遇措置の拡大、独占禁止法の障壁撤廃などとならんで、知的財産保護体制の強化も盛り込まれていました。米国のいわゆるプロパテント政策は、この頃から本格化したと言われています。

知財保護が不十分だと認められる国に対する監視や制裁を行う権限をアメリカ通商代表部に与える「スペシャル301条」が、スーパー301条と同じく1988年に制定されたほか、裁判所でも企業間の特許訴訟において高額な損害賠償を積極的に認める傾向が強まりました。

ここからは、そのような時代にアメリカと日本の企業の間に起こった、2つの象徴的な特許訴訟事件を紹介していきます。

ヤング・レポートを提出した大統領経済諮問委員会の委員長、ヒューレットパッカード社の社長であったジョン・ヤング氏。
写真引用:https://engineering.oregonstate.edu/john-young-1998-engineering-hall-fame


3. 2つの特許訴訟 ― アメリカ対日本

① ハネウェル対ミノルタ事件(1992)

US 3,875,401 Fig.1


制御機器メーカーのハネウェルが、カメラメーカーのミノルタを訴えた事件です。

ミノルタの製造するカメラ「α-7000」が、ハネウェルの保有する自動ピント合わせ、すなわちオートフォーカス技術に関する特許(US 3,875,401:通称ストーファー特許を含む4件)を侵害していると主張しました。

ストーファー特許は1973年に出願され、75年に登録となった特許です。

ここではその内容について詳細に立ち入ることは避けますが、ごくかいつまんで説明してみます。


ストーファー特許に開示された技術は、一眼レフの撮影レンズを2つの領域に分けて、それぞれを通過した光をフィルム面位置で別々に検知し、それぞれの光強度に応じた電気信号の差を取り、これを最小にするようにレンズを動かすことで、ピントを合わせるというようなものでした。

これに対してミノルタのカメラに使われた技術は、単に検知した電気信号の差を取るのではなく、2つの領域の明るさの分布の位置を比較し、ずれの方向と大きさを計算してピントを合わせることができたそうです。

要するに、ミノルタのカメラはオートフォーカスを実現するための基本的な機構はストーファー特許に開示されたのと同じものを使っているものの、ピントを合わせる技術的な部分は異なっている、ということのようです。

しかしこの特許は非常に基本的で広く当てはまるような請求項になっていたため、裁判ではミノルタのカメラもその技術的範囲に入るとされ、侵害が認定されてしまいました。

またミノルタはより古い特許文献を持ち出し、ストーファー特許が無効であることを主張しましたが、残念ながらこれも認められませんでした。

※この判決については、アメリカ独特の請求項の文言解釈方法についての論点を取り上げられることもあります。


結局、地裁の認定した賠償金額は9635万ドルとなり、その後に1億2750万ドル(当時レートで約166億円)で和解が成立しました。

その後ハネウェルは他の日本メーカーに対しても次々に、特許使用料の支払いを迫っていきました。

その結果、ニコンから約57億円、オリンパスから約42億円など、合計10数社から使用料を獲得することに成功したと言われています。


② コイル対セガ事件(1992)

US 3,900,886 Fig.1


アメリカの個人発明家コイル氏がセガに対して、自分の保有する特許を侵害していると主張した事件です。

権利侵害の疑いがかけられたゲーム機については明言している資料が見つけられませんでしたが、おそらく時期から1988年発売「メガドライブ」(北米では「GENESIS」として1989年発売)であると推測されます。

これはセガ史上最大のヒット作であり、北米でシェア1位を勝ち取ったこともあるほど(公式サイトの記載にもとづく)。

問題のコイル特許であるUS 3,900,886は、実際の音を取り込んで音声信号をカラーテレビ信号に変えることにより、実際の音に応じてカラーテレビ画面に色が表示されるというものでした。

このように、コイル特許は一見して全然ゲーム機と関係ない特許でしたが、コイル氏はゲーム機からテレビ画面に送られる色信号にも可聴域の成分が含まれているから、これが請求項にいう「音声信号」に当てはまるとしてセガを訴えました。

つまり、仮にゲーム機から出される色信号を画面ではなくスピーカーに接続したなら、音として聞こえるはずだということなのです。

微妙なところですが、裁判では特許権侵害が認められました。

損害賠償額は地裁で3300万ドルと認定され、その後の和解額は4300万ドル(約57億円)であったとされています。

ちなみに任天堂も同じくコイル氏から警告を受けていたようですが、訴訟に持ち込まれる前に手早く(数十万ドルで?)和解したと言われており、対応の差も明暗を分けました。


高額化するアメリカでの損害賠償額

これらの2つの事件は、世間では内容よりもむしろ、その損害賠償の高額さに注目が集まりました。

2018年現在、日本国内の特許訴訟ではアルゼ対サミー事件(2002年)の74億円が最高額とされています(控訴審でひっくり返された事件なので実際には支払われることはありませんでしたが)。

それに比べるとミノルタは166億円、セガは57億円と、日本国内ならば最高額かそれ以上というレベルの金額を支払わされていますね。

アメリカで特許訴訟の損害賠償が高額化していったことも、ヤング・レポート以降のアメリカにおけるプロパテント政策のあらわれであると言われています。


4. おわりに ― 米中貿易戦争のゆくえ


かつての日米貿易摩擦では、日本メーカーの対米輸出自主規制が申し合わせられるなどして決定的な対立を避けようとしていた印象があります。

しかし、中国はアメリカとの関税合戦など、正面衝突も辞さない態度で望んでいます。

またアメリカ政府は特に中国の知財保護に存在する問題点として、強制的な技術移転措置、効果的な知的財産保護に対する妨害、企業秘密の窃盗、インターネット上での著作権侵害、模造品の製造などを挙げており、14年連続で中国をスペシャル301条の「優先監視国」に指定しています。

日米貿易摩擦の時代と同様に、企業間のレベルでも米中両国での知財訴訟が激しさを増していくかもしれません。

今後の動向にも注視する必要があるでしょう。


参考文献

・コラム7 「ヤング・レポート」に見る米国の競争力政策

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200801/08060518/075/007.htm

・フィリップス事件と日本から見た米国侵害訴訟の注意点(ハネウェルvミノルタおよびコイルvセガを加えて考察)

http://matlaw.info/Phil-frame.htm

・中国の技術移転策などに関する通商法301条調査を開始-WTO協定に則した対応が取られるかは不透明-

https://www.jetro.go.jp/biznews/2017/08/c8871894e15767c2.html

・特許侵害判決の賠償額が低すぎる日本の裁判

https://www.hatsumei.co.jp/column/index.php?a=column_detail&id=74

ロジック・マイスター 編集部

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