catch-img

【事例あり】PPH(特許審査ハイウェイ)で外国出願するメリット・デメリットとは?

Photo by Denys Nevozhai on Unsplash

日本だけでなく外国を含めた複数の国で特許出願するときに役立つ、PPH(特許審査ハイウェイ)という制度があります。

本記事では梶・須原特許事務所北村邦人弁理士、Simpson & Simpson法律事務所(アメリカ)のピーター・コンゼル弁護士のご協力を得て、制度の概要やどんなメリット・デメリットがあるのか、さらには「実際のところどれくらい役に立つのか?」といったことをお伝えしていきます!


PPH(特許審査ハイウェイ)とは?

特許審査ハイウェイ(PPH: Patent Prosecution Highway)は、各特許庁間の取り決めに基づき、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、出願人の申請により、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする枠組みです。

特許庁のページには上記のような説明があります。

具体的にはどんな制度かというと…


※特許庁「とっきょ」第28号より引用

例えば1カ国目として日本、2カ国目にアメリカでそれぞれ特許を出願したとしましょう。

先に出願した日本で審査が完了し、めでたく特許査定となった場合、アメリカでもその結果を利用してPPH申請を行うことにより、早期審査の対象となります。

「ハイウェイ」と名付けられているとおり、PPHは複数の国への出願を「高速で」進めることができる制度なのです。

通常型PPHと「PPH-MOTTAINAI」

PPHでは原則として、先に出願した国(上記の例では日本)の審査結果をもって、他の国(アメリカ)でPPH申請するという順番でなければ申請ができません。

ただし「PPH-MOTTAINAI」(すごいネーミングですね) を採用している国でPPH申請を行う場合は、後から出願した国のほうが先に「特許可能」という審査結果が出た場合であっても、先に出願した国でPPHを申請できるようになっています。

先ほどの例でいうと、日本とアメリカではPPH-MOTTAINAIが適用されます。

よってどちらの国で先に出願し、また先に特許になったとしても、もう一方の国でPPHを申請することが可能になります。


国際出願(PCT出願)の場合

複数の国への出願をスムーズに行うための方法としては、PCT出願というものもあります。

ここで「PCT-PPH」を利用できる国への出願であれば、PCTの場合でもPPHを申請することができます。

※PCT出願の制度概要については、特許庁「PCT国際出願制度の概要-特許協力条約(PCT)に基づく国際出願の仕組み-」をご参照ください

PCT出願をすると、まず「国際調査機関」によって出願内容に関する先行技術調査が行われます。

また、任意で「国際予備審査機関」に特許になるかどうか予備審査を行うよう依頼することもできます。

こうした調査や予備審査の結果は報告書や見解書としてまとめられますが、ここで「特許性がある」と認められると、それを利用して国内移行後の各国特許庁に対し、PPHを申請することができるのです。

これについては、特許庁が作成した図表を見ていただければわかりやすいと思います。


※特許庁「とっきょ」第28号より引用
※PCT国際段階の成果物「IPER」は、国際予備審査機関が出す「国際予備審査報告」のことです


PPHの成り立ち

PPHという制度は、どのようにして誕生したのでしょうか?

その前史については、特許庁が以下のように説明しています。

1990年代後半から2000年代にかけて……世界的に特許出願件数が急増した。しかし同じ特許出願を各国がそれぞれサーチし、審査するのでは時間がかかり、効率もよくない。出願する側は、各国語に翻訳して出願する手間や費用が負担になる。そこで、日米欧三極特許庁会合において、日本の特許庁が「特許審査ハイウェイ構想」を提案したことにより、この制度が実現した(『とっきょ』第28号 p.2)

こうして、各国特許庁と出願者の双方の手間を減らすことを目的として、2006年7月より日米の特許庁間でPPHの試行がスタートしたのが、世界的なPPH制度の始まりとなりました。

その後2010年にPCT-PPH、2011年にはPPH MOTTAINAIもスタート。

2018年6月現在、日本との間で各種PPHを利用できるのは、42の国・地域・機関等となっており、着実にこの制度が世界に広まりつつあることがうかがえます。


※日本との間でPPHを利用できる国・地域・機関の一覧(2018年6月現在)


PPHを利用する3つのメリット

PPHを利用すると、通常の外国出願に比べてどのようなメリットがあるのでしょうか?

それは、通常よりも

①早く

②簡単に

③高確率で

各国の特許を取得することができる可能性があることです。


メリット① 早く特許取得できる

PPHでは、先に他国の特許庁が審査した際の調査結果や判断を利用して、審査を進めることになります。

これによって、通常どおり出願するよりも審査期間が短くなり、スピーディに結論が出ることが期待されます。

実際、特許庁が提供しているデータ「PPH Portal Statistics」によれば、PPH申請から最終処分(特許査定または拒絶通知)までの平均期間は、

台湾:5.91ヶ月(PPH以外を含むすべての平均期間:18.26ヶ月)
韓国:6.2ヶ月(PPH以外を含む:16.1ヶ月)
日本:7.3ヶ月(PPH以外を含む:15.2ヶ月)

などとなっています。

これらの国でPPHを利用すると、審査期間を半分以下に短縮できているということがわかります。


期間:2017年1月~2017年6月
*1 PCT-PPHの数値を含んでいます
*2 集計期間:2014年4月~2015年3月
    ( )内の数値は、PPH案件と非PPH案件を含めた全出願の数値を示しています

PPH Portal Statisticsよりデータを参照し、見やすさのため一部加工しています
※アメリカや中国など、PPH以外を含むデータとの比較が一部出ていない国もあります


メリット② 簡単に特許取得できる

各国にはPPH以外にも中国の「優先審査制度」、アメリカの「Track One」など様々な早期審査制度が存在しています。

これら各国制度を個別に利用する場合、手続き上の制限が厳しかったり、申請のための費用が高かったりなど様々な制約があり、手続きも煩雑になりがちです。

一方PPHを申請する場合は、どの国であっても提出が必要な書類や様式はある程度共通のもので揃えられています。

複数の国で出願する際に手続きがシンプルに行えるという点は、PPHを利用するメリットのひとつといえるでしょう。

※詳細については、各国特許庁のガイドラインをご確認ください


メリット③ 高確率で特許取得できる

先ほどの表を参照すると、例えばアメリカでは、PPHの場合の特許査定率が81.33%(PPH以外を含むすべての特許査定率:67.41%)と通常よりも高くなっています。

同じように、

台湾:95.6%(PPH以外を含む:76.7%)

韓国:82.7%(PPH以外を含む:61.5%)

日本:82.0%(PPH以外を含む:71.5%)

など、各国でPPHのほうが通常より特許になりやすくなっていることがわかります。

他にもファーストアクションで特許査定となった割合、つまり「一発査定率」もPPH利用のほうが高くなる傾向にあるようです。


PPHを使うデメリットは?

上記のように、PPHを使うことには相応のメリットがあるということがわかりました。

それでは、PPHを利用することについてデメリットは存在するのでしょうか?

主に、次の2点に注意すべきではないかと思われます。


デメリット① 追加の代理人費用が必要

アメリカや中国をはじめ多くの国・地域では、PPHを申請しても各国の特許庁に追加の手数料を支払う必要はないようです。

※詳細については、各国特許庁のガイドラインをご確認ください

ただし代理人を通して出願手続きを行っている場合は、通常の代理人費用に加えてPPH申請に関する業務についても代理人に手数料を支払うことになります。


デメリット② 特許クレームが狭くなる可能性

PPHを申請するためには、先に「特許可能」という判断を受けたクレームと対応した内容で出願している必要があります。


ところでもう一度、PPHに関するデータを見てみましょう。



PPHを利用した場合の一発査定率はアメリカで21.26%、台湾で38.2%、韓国で22.2%、日本では20.2%となっていました。

他国の特許庁がすでに「特許査定」としているものと同じ内容の出願をするわけですから、PPHを使えばどの国でもすんなり一発登録…というイメージを持ちそうですが、実態はそうでもないんですね。

ここからわかることは、PPHであっても多くの場合、各国の審査過程で拒絶理由通知などのオフィスアクションが複数回行われているということです。

結果として、最初の国で特許となったものより狭い範囲でのクレームしか認められない、ということも起こり得ます。

このことは、PPHを利用しない場合であれば、出願する国によってはより広いクレームが認められる可能性もあることと対照的ですね。

PPHといえども必ず同じ特許が全世界で取れることを保証するものではない」ということには、気をつけておくべきかもしれません。


PPHはどんなときに利用するべきか?

ここまで、PPHの制度やメリット・デメリットについて概観してきました。

それではPPHを利用するとよいのは、一体どういうケースなのでしょうか?

冒頭で制度説明のために例として挙げた、「日本で特許登録→アメリカでPPH申請」というようなパターンは一般的によくありそうですね。

しかし実際には、この形でのPPHはあまり効果的でないとも言われています。

とあるソフトウェア系企業の知財部の方から、こんな話を聞きました。


日本→アメリカPPHの実際

ある特許について、日本の審査結果をもってアメリカでPPHを申請した。

ところが、日本ですでに特許になっているにもかかわらず、USPTO(アメリカ特許商標庁)から拒絶理由通知が出され、その対応とクレーム補正に追われる。

結局アメリカでも特許にはなったが、通常の出願に比べて権利化までのスピードは特に早くならなかった……。


こうした日本→アメリカのPPHについての実態をあらわす具体的な事例として、アメリカ特許の一例(出願番号 15/611,004)を見てみましょう。

まず、USPTOのPublic Pairで審査経過を確認します。

本件は2017年6月1日に出願、同6日にはPPH申請がされています。



そして最初の拒絶理由通知は2018年2月28日に出されており、その時点で出願から約8ヶ月が経過していることがわかります。



これは、アメリカでもPPHによって審査が早く進んでいることを示しているのでしょうか?

また、他国ですでに特許になったものをPPH申請しているのに、アメリカでは拒絶されてしまうケースというのは、一体どのような場合なのでしょうか?

Simpson & Simpson法律事務所ピーター・コンゼル弁護士は、以下のように解説しています。

PPHが認められると、通常の順序よりも早く審査官が処理に取り掛かり、他の出願よりも“accelerated” な(加速した)審査を受けられることになります。

PPHでない通常の特許出願の場合、出願してからOAまでに1~2年はかかります。

実際、本件の親出願(出願番号15/229,452)ではPPH申請をしていませんが、こちらは最初のOAが出るまでに、倍以上の約1年7ヶ月が経過していました。

このようにアメリカでも基本的には、PPHのほうが通常より審査は早く進んでいるようです。

ただし、他国の審査で特許査定を得た特許クレームであっても、アメリカではアメリカの特許法と手続きにのっとって審査をしなければなりません。

そこで他国の審査では見つからなかった関連性の高い技術が発見されれば、審査官はそれに基づいて拒絶することになります。


またアメリカでは、アメリカ特許法101条にいう特許適格性があるかどうかを審査するのですが、いわゆる「アリス判決」にもとづいて更新された審査基準のもとでは、様々なタイプの発明において、従来ならば特許になっていたと思われるものに対しても審査官から拒絶が出るようになってきています。

こういった、他国にはないアメリカ独自の審査もあることに注意が必要です。

ここでPPHのデータを再び参照してみると、アメリカではPPHの場合のOA回数は平均2.77回となっています。

それに対して、PPH以外も含めた場合は平均3.12回。

つまりPPHを利用しても0.35回しかOAの回数は減っていない、ということなのです。



PPHであっても複数回のOAが発生するのは、ピーター弁護士が指摘するように、アメリカはアメリカで独自の審査もあらためて通過しなければならないからです。

またこれは推測ですが、USPTOの場合、「他国での審査も参考にはするが、やはり自国の審査は自国のルールにのっとってやるべきだ」という意識が強いのかもしれませんね。

なおアメリカの早期審査については、PPH以外にもTrack Oneなどの制度が存在していますので、そちらの利用もあわせて検討する価値がありそうです。


PPHを使うと有効な場合とは?

一方で、いくつかの国ではPPHがより有効に機能する可能性があります。

それは欧米以外で、模倣品対策などのために特許を取得したいというような場合です。

こうした国では得てして、特許出願しても審査に時間が掛かり過ぎてしまう、審査の内容もちゃんとやってくれるのかどうか不安が拭えない、といった懸念があります。

そこで、たとえばアメリカで先に審査を行い、その結果をアジアや中南米などのPPHを利用できる国に持っていくと、クレーム補正なしに特許になる可能性が高まるといいます。


もうひとつの例として、日本の特許をもって中国にPPH申請をするのも有力な選択肢です。

中国でも、PPHだからといって即登録ということにはならず、たいてい1回は拒絶理由が通知されるようです。

ただしこれに反論すれば、結果として中国でも日本の特許クレームと同じ内容で特許を取れることが多い、という情報があります。

こういったPPHの活用方法で、各国の審査実務に合わせてスピーディに、かつ自社の思いどおりの内容で特許にすることを狙う企業もある、ということでした。


特許事務所や企業はPPHをどう見ているか?―特許庁の調査から

特許庁が2016年に公開した「五大特許庁及びその他主要知財庁における特許出願から特許査定までの期間の現状と実態に関する調査​​​​​​​という資料に、PPHに対して日本の特許事務所や企業がどのような考えを持っているか、をヒアリングした際のコメントが掲載されていました。

最後にそのなかからいくつかの意見を、抜粋してご紹介します。

・審査が早くなり、通常の半分位の期間になった。期間短縮の効果が高かったのは、順に、台湾、韓国、中国、米国、欧州である。
・審査の最初は早いが、第1国と異なる引例や拒絶理由が出されることにより、結果的に早く審査が進まないことがある。
・米国でPPHを利用しても審査が早くならないことがあった。拒絶理由通知が送付されて、審査が後回しになったことがある。
・PPHを利用した場合、さらに拒絶理由通知を出されて、権利範囲が狭くなることが多いので利用をためらうことがある。
(p.237)

さらに、欧州を中心とした外国事務所からの意見も載っていました。

・知的財産庁はPPH についてあまり気にしていないことがある。米国特許を受けた後、PPH を利用して独国特許出願についてDPMA[ドイツ特許庁]に審査請求したが、DPMAの審査官は自身で調査を行い、米国の審査と異なる文献を引用し、異なる意見を述べてきた。
・PPHの第一国として選択する庁にもよる。JPO の審査は公平であり問題ない。
・ブラジルのPPHは、米国と限定的な範囲でのみ合意されており、まだ21件しか利用されていない。
(p.254)

やはり出願する国や使い方によっても、PPHの効果は変わってくるという印象が強いようです。

皆様の実感には合っていますでしょうか?


まとめ

PPH(特許審査ハイウェイ)について、どのような制度か、またメリット・デメリットはどうか、ということをご説明しました。

すばやく世界各国に出願して効率よく特許を取得するため、PPHを上手に活用していただければ幸いです!


協力:

特許業務法人 梶・須原特許事務所 北村邦人弁理士

Simpson & Simpson, PLLC S. Peter Konzel特許弁護士

 


◆外国出願権利化サポート

私たちは「マイスター・グループ」として、PPHなど手続戦略を熟知した各国の弁護士・弁理士事務所と提携し、外国への特許出願をお手伝いするサービスをご提供しています。

詳しくはサービスについてをご確認ください!


◆Simpson & Simpson事務所 来日セミナーの様子はこちらから!

  米国・ドイツ特許弁護士に聞く、世界一詳しいソフトウェア特許の取り方 「ソフトウェア特許の権利化、諦めていませんか?海外代理人が教える、今こそ見直したいIoT時代のソフトウェア特許戦略」と題してセミナーを開催しました。 米国とドイツの特許弁護士がソフトウェア特許の審査基準を中心に、最新情報を共有しました。 株式会社ロジック・マイスター


ロジック・マイスター 編集部

ロジック・マイスター 編集部

ロジック・マイスター編集メンバーが、特許・知的財産に関わる皆様のために様々な切り口からお役立ち情報を紹介します!

お問い合わせ

特許調査や外国出願権利化サポートに関するお見積のご依頼、
当社の事業内容についてのお問い合わせなどございましたら、
お気軽にご相談ください。

こちらの記事もおすすめ

おすすめの資料

新着記事

よく読まれている記事

タグ一覧

サイトマップ